浜松まつり Q&A

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●祭りの主役は誰?だれでも参加できるの?

[Photo Image]  大凧合戦と御殿屋台で知られる浜松まつり は、実は子供の誕生を祝う祭りです。前年に生まれた子供、特に長男を「初子(はつご)」と呼び、市内各町ごとに初子の生まれた家(これを「初家(はつや)」という)の発展、町の発展を祈願するわけです。
 ですから、「初子」が浜松まつり の本来の主役であり、周囲はそれをダシに(というと言い過ぎか?)祭りを楽しんでいる、というわけです。
 したがって、たとえ浜松市民であっても、主役である「初子」のいる「初家」となれるチャンスはそう多くはないのです。
 実はわが家の場合、我々夫婦は仕事の関係で現在浜松に住んではいません。しかし、私の生家がいまも浜松・早出町にあり、かれこれ30年あまり母が住んでいること、うちの家系では「航太郎」が初孫であることから、早出町から「初子・初家」として、祭りに参加できることになりました。(町によって事情は違うかもしれません)。
→参考:町によって事情はいろいろ

●町によって事情はいろいろ

 浜松まつり は今でも参加する町が年々増え続けている祭りです。これには浜松市自体の発展と密接な関わりがあるといえるでしょう。
 私の町・早出町などは、私が子供の頃には閑散とした田舎でした。そのため、大凧を揚げるだけの組織も、御殿屋台も持っておらず、浜松まつり に参加できませんでした。凧や屋台を持っているのは、もっと市街地の町だけで、祭りで張り切る彼らの姿をうらやましげに見ていたのものでした。
 ところが、ここ20年ほどで浜松も一気に周辺地域に宅地化が広がり、かつての田舎町に若い世代が住み着くようになり、子供の数も急激に増え始めました。そうなると、あちこちの町で「わが町でも凧を揚げ、屋台を作ろう!」という動きが起きるのは、浜松の気風から言って当然のことでしょう。早出町でも、私が大学進学で浜松を離れたころに凧合戦参加そして屋台建造へと祭り参加町として名乗りを上げました。もちろん、祭りの実行部隊であるラッパ隊やお囃子隊も子供会や青年会を中心に組織されていきました。いまや早出町の祭り部隊はその数・質ともに市内でも有数のものになったと聞きます。
 現在も毎年、中心部から離れた新興の町から「初参加」の名乗りが上がり、参加町数の記録は年々塗り替えられています。やっぱり祭りは見るよりも参加するほうが面白い!ですからね。
→参考:凧っていくら?屋台っていくら?(祭りのコスト)
 一方、かつての市街地の各町は、若い町民の流出のあおりでかなり苦しいようです。その影響は、まず第一に初子自体が少ない、そして祭りを盛り上げる実行部隊の構成メンバーが老齢化してしまう、さらに御殿屋台も少々古くなってきた感じが否めない、などとして現れているようです。ガンバって!古参町の皆さん!!

●凧っていくら?屋台っていくら?(祭りのコスト)

[Photo Image]  初家さんが、凧を揚げてもらうには実はけっこうなお金がかかります。早出町の場合は30万円ぐらいだったかな?町に納めます。親である若夫婦にとってはそれだけの出費はかなり苦しいと思います。そのためか、初子さんが生まれても必ずしも全ての家が凧を揚げるわけではありません。早出町の場合、95年の祭りで凧を揚げたのは半数ぐらいと聞いています。(わが家も私の安サラリーではおいそれとはこの金額は出せません。実は、母にたいへんな援助をしてもらい揚げることができました。ばあばに感謝。)
 一方、御殿屋台の建造は一声5000万円もかかると言われます。その資金は町の住民からの寄付によってまかなわれますから、それなりの規模の町でないとなかなか屋台は持てないのです。だからこそ屋台は町の財産・誇りなのです。祭りの期間中、夜の市街地では各町の屋台の引き回し行列を見ることができ、あの町のはあーだこーだといろいろ比べますが、最後は「やっぱり自分の町のが一番!」って思えてしまいます。

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